武産浦帆道場は2018年4月に発足しました。指導者は福田保 合気会八段位(1931生87歳)合気道開祖植芝盛平翁の直弟子で、合気修練道場(現.茨城支部道場)で20年間、開祖から直接合氣を学んだ現在では数少ない指導者の一人です。 開祖直伝の精神と技術を磨き続け、2018年で合気道人生70年、武産浦帆道場、かすみがうら合気会、コミュニティカレッジ、にて今も週に五日稽古し、後進の指導に力を入れています。
岩間の合気道と福田師範について
合気道とは開祖・植芝盛平翁(1883~1969)が日本伝統武術の奥義を究め、
さらに厳しい精神的修行を経て創始した現代武道です。
開祖・植芝盛平翁逝去の後、故植芝吉祥丸(1921~1999)氏が道主を継承して
一般にも門戸を開放し世界に広げ、現在植芝守央氏が道主が継承しております。
合気道は相手といたずらに強弱を競いません。
入身と転換の体捌きと呼吸力から生まれる技によって、お互いに切磋琢磨し合って
稽古を積み重ね、心身の錬成を図るのを目的としています。
合気道は他人と優劣を競うことをしないため、試合や競技を行いません。
地位や権力やイデオロギーや宗教が違っても道場では和をもって、
争わぬ心で、自然に逆らわず、無抵抗主義に徹する動きを反復練習することで
共に鍛え上げていきます。
試合を禁じられているのは、試合をすることが危険であるためであり、
稽古では危険な技も伝承していきます。
規則を設け、危険と思われる技を除外すれば、あらゆる動きに制約を加えず
天地自然と一体になるという開祖の主旨を体得することができなくなってしまいます。
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我らが師、福田保八段のこと
福田師範は同じ職場(旧国鉄)の先輩である故斉藤守弘師範に誘われ、
昭和23年に岩間の茨城道場に入門
開祖逝去まで開祖の岩間合気道を20年修練しました。
福田先生は回想します。
「大先生(開祖)は間違ってたとしてもそれはダメだと言わないんだ
話しても紀州弁だから、茨城の田舎の俺らにはよくわからなくてね
自分なりに「こうかな?ああかな?」と考えながら夢中に稽古した
先輩もみんなギシギシやるし、稽古は厳しかったですよ
膏薬なんて貼っていくとそこをわざと攻めてくるから
痛めてる場所があっても言えなかった
大先生と二人きりでした時もありました
斉藤先生が
“たもっちゃん、俺は後から行くから、先に道場に行ってて”
ってな。それで、来ないんだよ。
モーちゃんは(斉藤先生)毎日大先生と一緒だから
時々サボりたくなっちゃうんだよな
稽古生が少なくなってた時期でモーちゃんが休むと誰もいなくなる
大先生を1人にはできないから俺が出るわけだけど大先生と二人は緊張するよ
そういう時大先生はいつも座り技で、板の間の道場に畳を二枚敷くんだ。
戦争も終わったばっかりで、畳は貴重だったからいつもは道場の端に積んであるんだけど
そこから二枚だけ引っ張ってきて大先生と交代で技をやりました
大先生も俺に技をかけさせてくれるけど、最後の固めまではやらせてくれなかったな
その時は「なんでモーちゃん来ないんだよ!」と思ったけど
貴重な経験ができました
俺が入門した頃は吉祥丸さん(二代目道主)も岩間にいたから稽古したよ
ギシギシと基本の固い稽古をやりましたよ
俺は体が丈夫だったし、痛いとか泣き言は言わなかったから
“おい福田くん、やりましょう!”と指名されたね。
吉祥丸さんは強かったですよ
吉祥丸さんも岩間にいるときは固い稽古だった
塩田剛三さんの養神館にも遊びに行ったね
斉藤先生との東京本部での日曜稽古の帰りに
“ちょっと、塩田先輩のとこ(養神館)に寄ってくべぇ”
ってたまに遊びに行きましたよ。
岩間には藤平光一さんや望月稔さんや、強い先輩がたくさんいたよ
吉祥丸さんは東京に戻って、合気道を世に広めるために
大先生と稽古してた頃の岩間でのやり方を工夫してああいうふうにしたけど、
それで合気道は老若男女ができるものとして世界に広まったんたんだ
岩間スタイル、本部スタイル、
どちらが大先生の合気道なのか?
どちらが優れてるかという議論には意味がない
自分が合気道に強くなることにはあまり役に立たない
ようは技が極まれば良いんですよ
大先生も
“つるぎ技筆や口にはつくされず言ぶれせずに悟り行へ”
って言ってる
実際に相対して何もできなかったらダメでしょうよ
スタイルがどうの、段位が高いのどうのって言ってもしょうがない
だから俺は大先生に習った基本を、どうすれば皆さんに
正確にスムーズに伝えられるのかを今も考えて教えています
90歳近くなってきたけど・・・・こんな歳までできると思って無かったですよ
いまだに“もっとうまくならねえかなぁ”と思って勉強してます」
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武産浦帆道場は植芝盛平開祖の直弟子福田保八段が令息重美五段と
創設し残した最後の道場です
開祖直伝の合気道を一人一人手をとり丁寧に伝えていた
福田師範の稽古法に習い怪我なく愉快にをモットーに修練しています
体術の他に、合気剣や合気杖の稽古もしております。
大人から小学生の子供、老若男女、皆楽しく稽古しております。